培養した脳細胞でコンピューターの開発

脳は、神経細胞という素子を使って、コンピューターよりも少ないエネルギーで情報を処理します。脳にある神経細胞の動作を模した機械学習のモデルをシミュレーションすると、コンピューターでは約800万Wを消費しますが、人の脳は約20 Wと40万分の1の電力で済みます。電力需給の逼迫が懸念される中、脳のメカニズムを生かしたコンピューターができれば、計算科学の革新につながります。神経細胞を活用するバイオコンピューティングです。
インディアナ大学などの研究グループは、体のあらゆる細胞に変化できる万能細胞の一種である胚性幹細胞(ES細胞)から神経細胞を作り、脳の一部を模した脳オルガノイドを作成しました。脳オルガノイドを高い密度で電極を並べたシリコンチップに接着しました。神経細胞は興奮すると電気信号を出します。チップ上の電極は脳オルガノイドに電気信号を送り、神経活動によって出た電機信号を読み取ることができます。このシステムをBrainoware(ブレイノウエア)と名付け、出力された電気信号をAIで解析しました。
バイオコンピューティングの研究は、世界各国で盛んになってきています。今回、低エネルギー消費と高速学習を兼ね備えたAIコンピューティングが、オルガノイドによつて実現する可能性を確かめられました。東北大学のグループは、ラットの脳から神経細胞を取り出し、光に反応するように改変した細胞を基板上で培養し、電極チップより操作しやすい光を使って、神経細胞の応答を検出しようとしています。
しかし、バイオコンピューティングの実現に向けては課題も残ります。チップ上の神経細胞を長く正常に維持することが困難です。消費エネルギーも神経細胞自体は少ないのですが、電気信号の解析にコンピューターを使う必要があり、電力を消費します。様々な技術開発が必要となります。倫理的な課題もつきまといます。脳は意識や思考に関係する重要な臓器です。研究がより発展した時、脳のオルガノイドが意識を持つのではないかとの懸念もあります。

 

(2024年2月9日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。