生殖医療の未来―Ⅲ

がん・生殖医療
細胞凍結保存技術の進歩により、精子や生殖補助医療で作られた胚の凍結保存は既に古くから臨床応用されており、良好な妊娠成績が得られている。今世紀に入り、がん患者に対して卵巣の凍結保存も実施されるようになり、融解後の卵巣組織の移植による妊娠例が報告されるようになってきている。卵巣組織の凍結は、原疾患の治療の開始を延期させなくてもよいという利点があり、理論的には凍結可能な卵子数が多くなり、既婚女性を含めてがん患者の妊孕性保持のために有用な手段である。近年、配偶子や生殖臓器の組織の凍結、子宮移植など新たな妊孕性温存のための医療技術が開発されており、がん・生殖医療(oncofertility)が新たな医療領域として確立しつつある。
現在、わが国における妊孕性温存療法はすべて自費診療であり、一般的な不妊治療で受けられる特定不妊治療費助成事業による助成は適用されない。そのためクライエントは、未受精卵子や卵巣組織を採取する際の手術費用、凍結保存にかかる費用、さらに移植時の手術費用を賄わなければならないことになる。妊孕性温存のための医療行為に要する費用の一部を助成している地方自治体も出てきているが、若年女性がん患者が一連の医療行為を受けるための本人や家族の経済的負担は大きく、実施を躊躇するクライエントも少なくない。今後は、生殖補助医療を受けるクライエントに実施されている特定不妊治療費助成のように、がん・生殖医療においても一定の公費負担や健康保険治療の適用などの積極的な支援が考慮されるべきである。
凍結された卵子や胚ならび卵巣組織は長期間保存でき、挙児が得られて不要となった場合や、再発や死亡などによりクライエントに廃棄の意志が示された場合には、第三者への譲渡の可能性も否定できないが、日本産科婦人科学会の見解では、他人への譲渡や売買は認めていない。現時点では、安全性や有用性について完全に検証できていないことより、凍結しておいた未受精卵子や卵巣組織の第三者への譲渡に関しては許容されるべきではなく、今後の検討課題とすべきである。また、がん治療と生殖医療を実施するのが同一施設でない場合には、死亡を告げずに生殖医療を継続しようとするクライエントの存在も否定できないことより、医療機関の長期的かつ密な連携、定期的な相互の情報提供が必要となる。
卵巣組織凍結ならびにその自家移植の件数が増え、今後もこの治療技術を希望する患者の数が増加すると考えられる。がん・生殖医療が有効かつ安全な施術であることを示すデータの蓄積が急務となっている。日本産科婦人科学会は、夫婦間の医学的適応による未受精卵子、胚および卵巣組織の凍結・保存を実施する医療機関に登録を義務づけているが、未婚女性の登録を設定していない。がん・生殖医療においては、通常の生殖医療で生まれた子ども以上に、長期予後の検証が必要となるため、日本がん・生殖医療学会が中心となり、がん生殖医療に特化した登録システムの構築が急務である。
がん治療と生殖医療の進歩により、妊孕性温存できるクライエントが増加してきている。がん・生殖医療の目指すところは、担がん患者の専ら妊孕性温存にあるのではなく、子どものいない人生の選択を含め、子どもをもつことの趣意を見つめ直すことにある。がんと向き合い、妊娠・出産し、子育てをしたいと思うクライエントをいかに支援できるかが、今後われわれに科せられた重要な課題である。

 

(生殖医療の未来を見すえて)
(吉村 やすのり)

カテゴリー: what's new   パーマリンク

コメントは受け付けていません。