胚モデルの研究規制

胚は精子と卵子の受精でできた受精卵が細胞分裂を繰り返して、臓器などが作られるまでの状態を言います。体の様々な細胞に育つ能力があるiPS細胞やES細胞を特殊な条件で培養すれば、胚を模した細胞の集合体である胚モデルをつくることができます。倫理面での制限が多い本物の胚を使わずに、ヒトの発生初期に起きる様々な現象の知見が得られます。2018年にマウスのES細胞から胚モデルがつくられたとの発表を皮切りに、研究が急速な勢いで進展してきています。
イスラエルのワイツマン科学研究所などの研究チームは、2022年にマウスの胚モデルを心臓が拍動し始める段階まで培養できたと報告しています。2023年には、中国科学院などのチームがサルの着床前胚モデルを雌の子宮に移植し、妊娠初期の兆候を確認したと発表しています。
ヒトの胚モデルの研究も着実に進んでいます。英ケンブリッジ大学など複数の研究チームは、2023年に受精後14日相当のヒト胚に似た胚モデルを作製したと報告しています。国内でも京都大学iPS細胞研究所などの研究チームが、受精卵が子宮に着床する前後の過程を初めて連続的に再現しています。
将来的にヒトでも胚モデルの培養臓器ができるなど、胚に近い機能を有するようになる可能性があります。国内では胚研究に関する規制はある一方、胚モデルそのものを対象とした規制はありませんでした。
内閣府の生命倫理専門調査会に設けられた作業部会は、2023年8月から検討を重ね、胚モデルと胚そのものは異なるとしながらも、一定の規制を設ける必要があると指摘しています。人工子宮などの研究が発展することも念頭に、胚モデルと組み合わせて個体をつくる研究も制限されるべきだと求めています。
胚モデルの培養期間については、倫理的観点から受精後14日以降のヒト胚の研究を禁止する14日ルールを適用する必要はないとしています。しかし、研究計画ごとに倫理審査をした上で、受精後約8週相当のモデルまでを上限とすべきだとの見解が示されています。8週以降になると、国際的な基準で胎児に該当する恐れがあるためです。
国際幹細胞学会は、2021年にガイドラインを改定し、胚モデル研究についての研究指針を新たに盛り込んでいます。一部の胚モデルをつくる場合は、専門の倫理審査を経て研究を進めるできだと推奨しています。しかし、実際に規制を明確化しているのは、法的に胚モデルを胚と同じとみなしているオーストラリアなど一部にとどまっています。

(2024年4月9日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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