臍帯血投与について憶う

 他人の臍帯血を国に無届けで投与したとして、医師らが再生医療安全性確保法違反容疑で逮捕されました。臍帯血は母親と胎児を結ぶへその緒と胎盤の中に含まれる血液で、様々な細胞のもとになる幹細胞が含まれています。現在、白血病などの治療に使用されています。臍帯血で再生医療を行う場合は、白血病などの特定の疾病を除き、再生医療安全性確保法に基づく治療計画の提出などが必要となります。2014年に再生医療安全性確保法が施行され、審査や届け出などの手続きが義務づけられています。第三者に臍帯血を提供する公的バンクは法律に基づく許可を受ける必要がありますが、本人や親族の利用を目的とした民間バンクは規制対象外です。
 今回摘発されたクリニックは、がん治療やアンチエイジングなどに効果があるとして投与していましたが、いずれのクリニックも医療計画書の提出は行われていませんでした。また美容やアンチエイジングへの効果について、厚生労働省は科学的根拠がないとしています。日本再生医療学会は、他人の臍帯血を使った再生医療を、現状の科学的常識に照らして有効性と安全性のバランスを慎重に検討されるべき医療行為との声明を出しています。
 全国のクリニックで他人の臍帯血が患者に投与されていた問題は、刑事事件にまで発展しました。これまで、多くの臍帯血は国民の善意に基づき提供され、白血病などの治療に役立てられています。今回の事件が臍帯血提供に悪影響を与えるのではないかと懸念されます。再生医療の研究は推進していくべきですが、患者に実際に使う場合のルールはきちんと整備するべきです。今回の事件は、再生医療の信頼を揺るがす事態であり、厳重に処罰されるべきです。

(2017年8月28日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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