雇用の流動化

日本企業は、新規学卒者を確保し、自前で人材に投資して育成する戦略を取りました。最大のリスク要因である中途離職を避けるため、定年までの長期雇用と勤続年数に応じた処遇を保障しています。労働者はその代償としてジョブへのこだわりを捨てたことで、企業は広範な権限を得て人材を活用できるようになりました。労働組合も、ジョブではなく雇用の確保を優先する企業内の組織となり、労使協調が進みました。これが長期雇用、年功型処遇、企業内組合を特徴とする日本型経営です。
デジタル化が進展すると、雇用優先の日本型経営を持続することは困難となってきます。企業は多くの業務をロボットやAIに委ねるようになります。従前のジョブは不要となりますが、新しいジョブも生まれます。こうしたジョブの新陳代謝に対応するためにリスキリングが必要となります。加えて新たなスキル習得へのインセンティブのため、ジョブに応じた職務給の導入が進みます。
しかし、企業内のリスキリングには限界があります。新たに必要となるスキルやジョブは、デジタル化の急速な進展によるものなので、ピンポイントの将来予測は困難です。こうした不確実な状況での人材への投資は、一部の大企業を除き、容易ではありません。企業は、新たなスキルを持つ人材を、内部でのリスキリングではなく、外部から調達するようになります。人材にあわせてジョブを配置していた従来の人事システムは、ジョブに合わせた人材の調達へと切り替わっていきます。この過程で雇用調整がなされ、労働市場の流動化が起きることになります。
労働市場の流動化が進むと、企業は安定的な雇用を提供する場ではなくなります。政策面でも、企業に雇用を確保させれば良いという単純な発想は通用しなくなります。ジョブを守る職能別組合が復活する可能性もあります。個人がその能力や適性にあったスキルを磨き、多様なジョブや複数の企業にまたがり、職業キャリアを自律的に実現することこそが優先的な価値となります。
企業内での人材育成がもはや機能しなくなる以上、政府自ら新しいジョブやスキルに対応した人材育成に乗り出す必要があります。デジタル時代を想定したスキリング教育の内容充実が最優先の課題です。企業による雇用保障に代わる新たな安全網の強化も必要になります。現在の社会保障は、企業での雇用を前提とした被雇用者保険を中心としていますが、これを個人単位のものへと再編する必要があります。

(2023年4月13日 日本経済新聞)
(吉村 やすのり)

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