iPS細胞研究の正念場

2006年にiPS細胞ができたと発表されてから、今年で15年が経過しました。現在、iPS細胞を使った製品の承認をめざす治験が国内で相次いで始まっています。しかし、実用化に向けた計画は想定よりも遅れ、その道のりは険しく、実用化が明確に目に見えているものはありません。この間、世界はiPS細胞以外にも目を向けていて、政府のこれまでの支援のあり方に見直しを求める声も出てきています。
課題の一つは資金です。iPS細胞は、作製のための環境整備なども含めて開発コストに10億~20億円は簡単にかかるとされています。製薬企業は、コストを会社できる見通しが立たなければ、治験への巨額投資に二の足を踏むことになります。安全性の確認に時間がかかるのも壁になっています。iPS細胞は狙った細胞に変化する過程で、うまく変化できずに残った細胞が、がん化する恐れがあります。安全性に疑義が生じればiPS細胞の研究全体への信頼にもかかわります。
一方、新たな課題として指摘されるのが、政府のiPS偏重に対する反発です。2012年の山中教授のノーベル賞受賞を機に、日本発の技術の実用化に向け、政府は再生医療を経済成長の柱の一つに据えました。それまで年間約50億円の支援でしたが、2022年度までの10年間で1,100億円の巨額支援を始めました。年100億円規模の支援は、がんの約180億円や感染症の約80億円といった医療の主な研究分野並みの額です。2018年度は再生医療に約170億円が支援され、がんと同程度になっています。
近年、文部科学省の検討会でも、iPS細胞に支援が偏っているとの声が聞かれるようになってきています。iPS細胞ならばなんでも認めていくのではなく、有効性が証明しやすく、実用化の見通しがあるものを選んで国が支援していくべきです。時間と大金を費やして実用化されても、効果が分かりにくければ、医療現場で結局は使われない事態になりかねません。
一方、iPS細胞の発見から15年の間に、世界の主流は遺伝子治療となっています。遺伝子治療は、これまで治らなかった遺伝性の難病にも使われ始めています。年間の治療数が世界で200件を超え、10年前の3倍近くになっています。iPS細胞の実用化に向け、研究の進捗を見極めて支援を続ける一方、iPS細胞だけに偏重することなく、世界の潮流を踏まえ、大きな戦略を示す時期に来ています。

 

(2021年11月7日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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