出産の保険適用への課題

国は、2026年度からの出産費用の公的医療保険の適用を検討しています。今は医療機関が自由に決められる費用を一定の枠内に抑える効果がありますが、サービス低下のみならず、安全性の担保ができなくなってしまうことが危惧されています。
分娩費には地域格差があります。出産費用は現在、医療機関ごとに設定できる自由診療ですが、保険適用になれば、全国一律となります。政府には、保険適用で高騰する費用負担を抑える狙いがあります。東京都内の公的病院の2021年度の平均の正常分娩費用は、56万5千円超です。出産育児一時金と同じ50万円に設定されれば、多くの医療機関が赤字になってしまいます。しかし、30道府県においての分娩費用は45万円~50万円程度で、仮に70万~80万円になると逆にもらい過ぎになってしまいます。また出産育児一時金と同じ50万円で設定されたとしても、自己負担として分娩費の3割、差額ベッド代など自己負担額がかえって増えてしまい、負担軽減にはなりません。
医師の高齢化や少子化などで、全国で分娩を扱う診療所は2006年の1,818カ所が、2022年は38%減の1,135カ所になっています。少ない常勤医で24時間体制を維持する地方の病院も多く、産科医は他部門より当直回数が増える傾向にあります。少子化で分娩数が減少しても、安全性の担保は必須であり、病院やクリニックの経営の悪化により、閉鎖を余儀なくされ、地方での分娩は難しくなってしまいます。その結果、妊婦の医療のアクセスが困難となり、地方から都市部への流出が一段と加速化することも考えられます。
保険適用に関しては、持病のある妊婦らの分娩を守ることも考える必要があります。大阪大学の木村正教授は、大阪大学医学部附属病院のハイリスク分娩のための体制維持コストは、1分娩あたり約120万円と説明しています。妊婦の最後の砦となる総合周産期母子医療センターでは、休日や夜間も産婦人科医2人、麻酔科医と小児科医も常に待機しています。センターへの補助金を受けても、自然分娩は相当額の赤字となります。これまでは、リスクの低い分娩は診療所や産婦人科のある病院で出産し、ハイリスク分娩は同センターで出産するといった役割分担がありましたが、わが国特有のこのシステムを保険適用により維持できなくなる可能性もあります。
厚生労働省は、来年4月から医療機関ごとの費用やサービス内容を見える化する方針です。都市部の状況のみならず、日本全体の周産期医療提供体制を考慮した上での総合的・俯瞰的な判断が必要となります。

(2023年6月26日 朝日新聞)
(吉村 やすのり)

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