生殖医療の未来―Ⅱ

着床前診断によるスクリーニング
出生前診断は、主として羊水穿刺および絨毛採取により、診断のための胎児由来の細胞を採取することによって行われてきた。これら出生前診断の技術的な進歩は、遺伝子診断技術の発展に負うところが多いが、生殖補助医療の急激な進歩に伴って、着床前の胚から割球や栄養外胚葉の細胞を取り出し、遺伝子の解析がなされるようになってきている。しかしながら、着床前診断においては、ヒトの生命の萌芽と考えられているヒト胚の操作が必要となることから、さまざまな倫理上の問題も提起されている。出生前診断や着床前診断をどのように考え、どう利用してゆくかは、多様な価値観をもつ現在の社会の責任でもある。
わが国における着床前診断は、臨床研究であるとの考え方から、日本産科婦人科学会は症例ごとに倫理委員会の下に設けられた審査小委員会で審査をし、承認された症例においてのみ着床前遺伝子診断(preimplantation genetic diagnosis ; PGD)が実施されている。一方、欧米では、以前より遺伝子診断のみならず、割球の染色体の倍数性をスクリーニングし、正常と思われる胚のみを子宮に戻し、着床率を改善させる手法や、男女産み分けなどにも応用されるようになってきている(preimplantation genetic screening ; PGS)。そのためPGSは、現在ではPreimplantation Genetic Diagnosis for Aneuploidies(PGD-A)と呼ばれるようになっている。現在、複数の細胞が採取可能である栄養膜細胞生検や全ゲノムにわたって検索可能なCGHアレイ、SNPアレイ法、次世代シークエンサーを用いた解析技術が導入されている。
PGSの多くは、流産につながる可能性が高い染色体の数的異常の発見が目的である。実施に関する倫理的議論の余地が残されている中で、胚の染色体数的異常があまりに多く発生している事実が明らかにされ、現在では、有益な応用を模索する考え方が全世界の一般的な考えになりつつある。すなわち、出生前診断に伴って発生しうる人工妊娠中絶や体外受精・胚移植後の流産のリスクを回避する目的で、PGD-Aの実施を求める声も少なくないことは事実である。現在、日本産科婦人科学会では、反復IVF・ET不成功例や原因不明習慣流産に対するPGSの医学的有用性についての特別臨床研究を実施している。
PGSやPGDが欧米では通常の医療行為と認知されるようになっているから、わが国のような審査は必要ないとする意見もあることはよく理解できる。しかし、多数の受精卵を体外受精で作り、その中から移植すべき胚を選ぶ行為は、胚の尊厳という立場から許されることではないとの指摘や、優生思想に基づく障害者に対する差別だという根強い反対もあることも事実である。着床前診断の実施は決して障害者に対する差別につながるとは考えられないが、産婦人科医にとって大切なことは反対の人々の考え方にも充分配慮し、理解するよう努力することが肝要である。ヒト胚の尊厳にも関わるこれらの問題は、一つの学会で、また一人の医師がその是非を決定できるものではない。諸外国の状況を考慮することも必要であるが、国として胚をどのように考え、どのように取り扱っていくのか、広く国民的な議論が大切である。

 

(吉村 やすのり)
(出生前遺伝子診断の今日的課題より)

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